2017奈良井宿にて

【訪問日】2017.7.16

松本市内から奈良井宿までは車で約38㎞。小1時間の道のり。最初からR19は利用せずにあえて松本空港の西側山形村付近まで迂回し、途中サラダ街道をひた走るのが楽しい。だだっ広い松本平の田園風景の中に溶け込むように運転する爽快さ。もちろんナビは要らない。正面遠くに聳える山々の連なりの中腹に目的の奈良井宿はあるのだとわかっているから…

奈良井宿に到着し、無料の駐車場に車を止め、徒歩で踏切を渡り、町並みに入ると、まだ朝の10時過ぎで人の数が少ないからなのか、木曽川から流れ込む用水の音が響き、ひっそりと、それでいてけっこうな重厚感を醸し出しながら佇む宿場の家々の存在感に圧倒されてしまった。標高900mと木曽路11宿駅で、もっとも標高が高いところに位置するだけあって、常に山の天気に支配されている奈良井宿は梅雨時でもあり、曇りがちの天候とはいうものの、松本市内の暑さからは回避できて涼しさも感じるくらいだった。食事処はまだ開いていない店も多く、休憩場所を決めるまで街並みの情緒に触れながら上町、中町、下町とぐるっと一周してみた。数か所ある水場で冷水を腕にかけたり、鎮神社でのささやかな願い事、今年は木曽の大橋を下から眺めたり、唐突に路地へ入ると、偶然にも七福神の横並びの石像群を見つけたり、なぜこんなところに七福神が?と、その脈絡のなさにその時は戸惑いもしたけれど、ゆくゆくあとから調べてみると、入った路地の突き当りにある大宝寺が木曽七福神霊場の一つであることを初めて知った。(というか大宝寺というのも初めて知ったしだいで…)七福神石像

 

 

 

 

観光スポットとして町そのものがアトラクションとしてのレガシーな要素を醸し出す雰囲気を満喫するのもいいけれど、私が好きなのは、そこに住む地元の人々のちょっとした生活臭をも感じたりすることで、たとえばふと、とある旅籠と古民家雑貨店の間の何でもない一軒家の玄関の引き戸がなかなか開かずに、いきなり開いた瞬間に突き出ている戸口のレールに躓いたりして、その躓きの失態を微笑ましくも何事もなかったように右手に持った杖でトントンとレールを叩いて確認している頑固そうな老人の澄ました表情。ああっ…このおじいさんはもしかしたら奈良井の宿場町で生まれてここで育ったのだろうか?引退前は生業は何をしていたのだろう?ここで季節の移り変わりとともに街の風景が変わっていくのを子供の頃から眺めていたのだろうか…と、つい想像を走らせてしまう。または、カフェ深山でカレーライスを食べ終わってレジで支払いをするとき、対応してくれているアルバイト店員のおばさんが唐突に「私はここにずっと住んでいるのよ。」「あまり出たことないの…」などと頼まれているわけでもないのに、語り出してしまいそうになるところなどのその笑顔に、生活空間としては約1㎞四方の小さい密集街で、鉄道も単線で、一瞬じゃあスーパーマーケットはどこに行ってるの?などと、すかさず観光客としての愚かな身振りをしてしまいそうになる自分を抑えたりして…ともかくもこうした今現在の奈良井宿に生活を置いている地元住民の暮らしにも興味深々なのである。

子犬2匹

今回で何度目だろう。いつもここ奈良井宿に来て思うのは、江戸時代や明治時代からの歴史的に古い建築物が残る風情のある町並みを眺めてみて、鉄道敷設前のはるか昔に存在した本物で最後の旅人、ここを訪れる者誰もが、まぎれもなく旅人であったこと。自転車があり、乗用車があり、鉄道があり、飛行機まで利用できる私たちに与えられている現代の凝縮された時空間ではどうにもこうにも、こうした昔の旅人に出会うことも、なれることもできない。今日のような夏のやや湿った陽光を浴びながら木曽路を行き交っていた、はるか昔の旅人達へ嫉妬は避けられない。

 

 

 

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